株式会社FUJIは、「北海道のおいしいを未来へつなぐ」をミッションに掲げ、北海道各地の生産者(メーカー)と、全国への販路をつなぐ役割を担う食品卸売企業だ。
2026年で創業54年を迎える同社の始まりは、新聞の契約特典である洗剤やチケットなどの景品需要に着目した贈答品事業だった。
時代の変化に合わせて、約20年前から現在の主軸である北海道物産品へと舵を切った歴史を持つ。
その転換期の直後に一人の社員として入社したのが、現在の代表取締役・小山揚平社長だ。
「社長になると思っていましたか?」と尋ねると、彼は「全く思っていないですね。一回も思ったことがないです」と、少し笑いながら即答した。
自ら社長を志していたわけではない小山さんが、なぜFUJIのトップとなり、組織改革の旗振り役になったのか。その歩みを紐解く。

現会長からの「日本一あったかい、北海道一給料の高い会社を一緒につくらないか」の裏で直面した壁
余市町出身の小山さんは、大学卒業後に商社、そして株式会社リクルートでキャリアを積んできた。
長く働ける環境を模索する中、結婚後に義父(現会長)から「日本一あったかい、北海道一給料の高い会社を一緒につくらないか」と誘われ、2008年に株式会社FUJIへ入社した。
「給料とか休日数とか全然わからないままここに飛び込んできました」
しかし、現実の壁は高かった。
「身内での入社という目もあったので、自由に立ち回れなかった」と振り返る。
「だからこそ、みんなと同じようにゼロベースから積み上げていって、ちゃんと実力をつけていかなければならないと当時は感じていました」
配属先はギフト製造の関連会社。
仕入れや商品管理など、FUJIの工場部隊のような役割で10年以上、泥臭く業務に向き合い続けた。

「このままでは会社が続かない」という危機感と固めた覚悟
転機となったのは、会社のあり方に対する強い違和感だった。
創業者のトップダウンのカリスマ経営では事業は続かない。
「今のやり方を続けていてもダメだ」という感情が日ごとに強くなっていく。
危機感を募らせて現場から何度も訴えかけたが、会社の方向性や進め方については考え方の違いもあり、なかなか変化が進まない。
現会長とは、意見が厳しくぶつかる時期もあった。
40歳を目前に会社を離れるか否かを迷い始めた小山さんは、腹を括って会長に迫る。
「あなたがこの先もずっとやるのか、それとも我々世代に任せるか」と。
この直談判に対して、現会長は「じゃあ君たちに任せる」と応じた。
そこから状況は一気に動き出す。
2018年に、小山さんは役員として着任。
いよいよ本格的な組織改革へと乗り出した。
「(会社に)残るんだったら、もう納得がいくまでやろうと思いました」

売上よりも先に作りたかった「社内の文化」
2024年の代表取締役就任に先立ち、COO(最高執行責任者)として社内のエンゲージメントを高めるための施策を次々と打ってきた。
互いを褒め合うツール「RECOG」を導入して称賛文化を育て、期の初めには「今期はこういうことをやっていくよ」と分かりやすい目標を全員に発信した。
「みんなでどうやっていこうか」を共有するため、全員が手を止めて話を聞く時間も作ったという。
そして、代表取締役就任時には、新たにミッション・ビジョン・バリューを設定。
さらに、元々のコーポレートメッセージである「北海道のおいしいをつなぐ」に「未来へ」を加えて「北海道のおいしいを未来へつなぐ」というミッションへ据え直した。
「すでに人口減少が始まっていて、北海道の食が大変になるのは見えている。ただ流通させるのではなく、農家さんやメーカーさんの商品の付加価値を上げることや、跡継ぎのいない事業承継をどうするか。おいしいものをどう未来に繋ぐのかというミッションを、みんなでやっていこうよ!という想いを込めています」
取り組みを始めて数年。
社内の雰囲気は変わったのだろうか。
「変わったのかは分からないですけどね」と小山さんは少し照れくさそうに笑う。
しかし、会社を訪れる人からは「すごくいい雰囲気ですね」「若い人が元気ですね」とよく声がかかる。
目に見えない社内の文化は、確実に根づき始めている。

変わったのは、企業風土だけではない
何より大きな変化は、現会長自身の姿だった。
「一番変わってくれたのは会長自身かもしれない。トップダウンだったところから、みんなの話を聞いて『どうしたらいい?』と意見を委ねてくれるようになったからこそ、我々も自由に動くことができました」
お互いに腹の内をさらけ出したことで、今では目指す姿を共有できている。
かつて現会長が語っていた「日本一あったかい、北海道一給料の高い会社にしたい」という夢。
今では全体で集まる場で、現会長自らが社員へ「こういう会社を目指していこうな」と語りかけるようになったという。
新入社員が「この会社に足りないのはCSRだと思います」と提案した際にも、現会長が「じゃあ、やってみて」と懐広く背中を押したエピソードもある。
若手の挑戦を応援し、見守る文化は、確実に社内へ浸透し始めている。


部署の垣根を越え、会社という一つのチームで動く
現会長の寛大な姿勢によって、現場の動きにも変化が現れた。
それが、部署の垣根を越えた横断プロジェクトの活発化だ。
「元々、各部署が独立して動く縦割りの体制だったので、横串の文化は皆無だった。でも、うちの商売は営業、仕入れ、受注とすべてが連結している。この連携がスムーズにいかないと、その間に落ちている業務を誰も拾えず、結果として顧客に迷惑をかけてしまう。だからこそ、会社を『一つのチーム』として機能させたかったんです」
「受注担当だから商品開発はできない、なんてことはありません。自分たちの知見を持ち寄ったり、やりたいプロジェクトに手を挙げたり。部署を超えて、みんなで会社を動かす感覚を共有したかった」
部署の枠を飛び越え、それぞれが会社の課題を自分事として向き合い始める。
その過程で生まれる「みんなで会社を動かしている」という実感が、FUJIをより強く、しなやかな組織へと変えている。



何が正解かは僕も分からない。だから、とりあえずやってみればいい
挑戦の芽が育ちつつある現場を見て、小山さんは「まずはやってみる」というスタンスを大切にしている。
「目先の収益性だけで『ダメだ』と突っぱねることはしないです。すぐに利益が出なくても、誰かのモチベーションや新しい関係性に繋がるなら、そこには十分な価値があると思っていて」
その空気は少しずつ形になり、近年では若手社員が中心となって社内イベント「FUJI会」を企画・運営するなど、社内には新たな活気が生まれ始めている。

社長というより、一緒に会社をつくる人でありたい
若手たちがのびのびと動き出している背景には、小山さんの飾らない距離感がある。
「社長だから引っ張らなきゃいけないとは思っていない」と彼は語る。
ときには、座席の配置を気にせず新入社員の隣に自席を設けてコミュニケーションをとるなど、同じ目線でいる方が性に合っているという。
新しく迎える仲間に対しても、求めるものはいたってシンプルだ。
「いいやつに来てほしいんですよ。人格の良い人ですね」
小山さんが大切にしているのは、能力や経験の前に人として誠実であること。その価値観は、この数年で少しずつ育まれてきたFUJIの温かい空気感にも重なる。
もちろん、今の変化に満足しているわけではない。
「この数年でみんなのマインドや文化を変える土台はできてきた。これからの4〜5年は、事業としての継続性をさらに高め、しっかり成長軌道に乗せていきたいと考えています」
飾らない言葉の端々からは、「社長らしさ」ではなく、社員とともに会社をつくっていこうとする小山さんのフラットな姿勢がにじんでいた。
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