「わかる」は、意識せずとも日常においてよく使われる言葉ですが、思わぬところで落とし穴があるかもしれません。
A.Tは、「わかる」は慎重に取り扱わなければならない言葉なのではないかと思っています。
一体どういうことなのでしょうか?
日常のお仕事に潜む「わかる」の罠
人から何かを説明されたとき「あ!わかりました!」とすぐ答えがちです。
それは、本当に「わかった」のでしょうか?
例えば、上司や先輩から指示されたことに対して「わかった!」と思っても、あとからやっぱり「あれ?これってどういうことだっけ?…」となりませんか?
でも、改めて質問することを躊躇して(上司や先輩が忙しそう…また聞くと怒られるかも…などが理由で)自分なりの解釈で進めてしまい、結局は上司や先輩が求めていたものとはかけ離れたものが出来上がってしまう。。
あるあるかと思います。
上司や先輩が求めているものにより近づけるには…
1、上司・先輩から指示を受けた直後に、「私はこのように認識しましたが合っていますか?」と聞く。
2、わかる部分とわからない部分を仕分けする
3、「この部分はわかるが、あの部分はわからない」と質問をする
4、途中で迷いが生じたらすぐに上司・先輩へ質問or相談する
上記を意識すれば、結果的に仕事の手戻りは減少しますし、上司・先輩から求められたものにより近づける。
さらに、副産物を手に入れることができます。
上司・先輩から言われたことを何も考えずにただの作業のように実施してしまうのではなく、一つ一つ細かく疑問を持つことで「自分で考える」ことが発生し、主体的な行動になっていく、というものです。
これは、社会人としてはとても大事なことなのではないでしょうか。
ちなみに、A.Tは自分自身で納得しないと前に進めないタイプなので、腑に落ちるまで何度も質問するようになりました。
(なぜそうなったのか?については、次章で触れています)
※ただ、私の「わからない」はちょっと特殊かもしれません。。
少し横道に逸れますね。
例えば、弊社の代表が説明する内容の全体像や流れはなんとなくわかるのですが、話の繋がりが見えなかったり細かい部分が気になったりしてしまうことで「わからない」が発生します。
代表は、A.Tの特徴を熟知(?)しているので、そのあともお互いに質問し合いながら認識を合わせていくので、特に問題はないです。
ところが、A.Tの特徴を知らない方からすると、A.Tが「わからない」と発した場合には、おそらくですが同じ説明を繰り返すことがほとんどなのではないかと推測します。
A.T的には…あ、それはわかっているんだけどな…そうではなくてこの部分がわからないんだよな…ということが起きてしまうのです。
もちろん、コミュニケーションの齟齬が原因で起こる事象であることもしばしばだとは思うのですが。
あとは、わからないことがなんなのかも分からない!なんてこともよく起こります。
こうなったら、もう書き出しまくってアウトプットするしかないですw
そして、自分自身だけではどうにもならなくなったら壁打ち相手を探す。
なんとも面倒くさいA.Tの特性の話は置いておいて・・・
お伝えしたいことは…まずは、すぐにわかった気にならないこと。
わかった!と思ったとしても、いや待てよ…?本当に自分はわかったのか?と自分に対して問うてみる。
そして、わからないことを分からないままにせず、些細なことにも疑問を持ち質問をする。
とにかくわかるまで追求し続ける姿勢。
大切なスタンスだと思っています。
…以上、日常のお仕事での「わかる」について書いてみました。
日常のお仕事なので、ある程度の正解や答えはありますよね。
上記の場合は、上司や先輩が答えを持っている。
…しかし、世の中には正解や答えがあるものばかりではありません。
むしろ、正解や答えがないことの方が多いのではないかと。
※無論、お仕事の中でも正解や答えのない領域もあります…!
(誤解が生まれないように念のためお伝えします)
わかった(つもり)に気づくと何が見えるか
ちなみに、A.Tは、以前まではすぐにわかった(つもり)になっていました。
これまで自分が経験してきたことの範囲やものさしで、「わかった」あるいは「理解した」つもりになっていたのだと思います。
しかし、自分の経験なんてものはちっぽけなものだな…と気づかされます。
自分の経験外のことは世の中に山ほどあります。
また、人の経験値という観点で見るならば、自分よりも年齢が若い方でも稀有で濃密な経験をしている方はたくさんいるし、自分の年齢よりも上の諸先輩は言わずもがな…過ごしてきた年月の長さがそもそも比にならない。
(もちろん、自分以外の誰かと比べて優劣をつけるとかそういう話ではないです。)
…にもかかわらず、わかった(つもり)になってしまう。
わかった(つもり)はまだ良い方で、知ったかぶりに発展してしまっては良くないですね。
前提として、自分のこと以外を100%分かるなんて不可能です。
もちろん、ある程度まで分かることはできると思います。
その広さや深さは人それぞれだと思いますし、どこまでを「わかった」とするかの問題もあるかと思います。
それよりも「わかる」をどこまで?と定めることよりも、もっと重要なことがある。
それは、自分以外のこと全て「わかる」と簡単に思わないことだと思っていまして。
自分自身の経験の範疇を越えたものに対して簡単に「わかる」とはおこがましくて言えなくなりました。
なので、A.Tはすぐに「わからない!」と言うようになりました。
大人なのに「わからない」ということは恥ずべきこと…と。なんとなくの風潮としてあるのかもしれないですが…A.Tはいくつになっても「わからない」を言って良いと思っています。
なぜなら「わからない」は新たな知識への扉だと思うからです。
「わかる」と思ってしまった時点で、その先に思考を巡らせることや探求が止まってしまう。
なんてもったいないことか。
いくつになっても学ぶ姿勢でいること。
肝に銘じたいことです。
「わかる」ではなく「わかろうとする姿勢」=自分事化が大事なのでは?
「これってどう思う?」
家族や友人、職場であれば同僚との会話の中でよく出てきそうなフレーズですよね。
上記の回答として、よく考えもせず、わかった(つもり)になって「こうすれば?」「ああすれば?」とすぐに答えや正解らしきことを言われる顛末。
…多くの方が首を縦に大きく頷いているのが目に浮かびます。
きっと、あるあるですよね?
もちろん、雑談の中であればそういうこともよく起こり得ると思いますし、気にならないこともほとんどなのではないかと思いますが、割とディープな悩みや相談だったり、しっかり話し合いたいときだったり、そういったシチュエーションの場合はいかがでしょうか?
正直に言うとA.Tだったら幻滅してしまいます…。(辛辣ですみません)
こういった場合は、すぐに答えや正解が欲しいわけではないんですよね。
ただ一緒に考えて欲しいんです。
ああでもない、こうでもない、と会話を深めたいのです。
わからなくても良い、わかろうとしてくれるだけで嬉しくなるものです。
少し論点がズレるかもしれませんが、思い出すのが、何気ない会話の中で、疑問に思うことはその場ですぐにスマホで調べるA.Tの知人のことです。
一緒にテレビを見ていて、これってどうなんだっけ?とか、あればなんだっけ?と聞くとすぐにスマホで調べてくれて「こうらしいよ」と教えてくれる。
その会話が終わったあとも、まだ調べ続けていることもあって、実は「これもあるらしいよ」と新たに知る機会を与えてくれる。
別に全てを分からなくても、こうやって会話の中で相手の発言に対して興味を持ち、自分事化して捉えて行動してくれる方は、素敵だと思います。
(ちなみに、このエピソードは、答えや正解を教えてくれた、というニュアンスではありません。あくまでも、自分事化してわかろうと行動しているプロセスが尊いのです。)
(ちなみに、このエピソードは、答えや正解を教えてくれた、というニュアンスではありません。あくまでも、自分事化してわかろうと行動しているプロセスが尊いのです。)
この姿勢をナチュラルに持ち合わせている方は凄いと思いますが、残念ながら出来ている方は多くはないと思っています。
でも、気づくことができれば意識して行動できるはず。
この「自分事化」はとても重要なことだと思っていまして。
わからなくてもわかろうとする姿勢が身につくと「わかろうとしたけどわからなかった」ということがたくさん起こります。
つまり「わからない」を受け容れて一旦保留にしておくことができるようになります。
この保留にした「わからない」を脳内のたくさんの引き出しに入れておく。
また何かの折に、その引き出しの「わからない」について思い出したり、考え直したりすることで、新たな発見が生まれることがある。
これをネガティブ・ケイパビリティともいうのですが。
実は、どうしてもネガティブ・ケイパビリティについての記事を書きたくて、その前置きとして本記事を書きました。
長い長い前置きにお付き合いいただき、ありがとうございます(笑)
ネガティブ・ケイパビリティについては次回の記事にて書籍紹介とともに触れますので、少々お待ちください!
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