結局のところ、わたしたちが日々おこなっているのは、そういうことだ。
生きることは世界とバランスをとること、そう言ってもよい。
しかしこの言葉は、抽象的に過ぎる。
わたしたちとは、わたしであり、あなたである。
ひとつにはなれない、別々の一人ひとりだ。
だからこの言葉は、次のように開かれる。
「あなたの世界は、どのようなものですか?」
「あなたはその世界と、どのようにバランスを取っていますか?」
世界は一つだが、同時に多でもある。
あなたの世界と、わたしの世界。
日本で平凡に生きるわたしにとっての「世界」と、
ガザ地区で不安と恐怖を感じながら生きるあなたにとっての「世界」。
一つの世界ではあるが、それぞれの世界である。
わたしが、あなたが、それぞれの場所にいる。
その場所の数だけ世界がある。
同じ場所にいても、異なる世界が目の前に広がる。
いまの日本の経済状況。
高値を続ける株価、止まらない物価の上昇、記録的な円安。
数字を根拠に、客観的な状況を語ることはできる。
多額の運用資産を持つあなたにとっての「経済状況」と、
物価上昇につれて生活が逼迫してくるあなたの「経済状況」。
一つの状況がまったく違う意味を持ち、あなたの世界を作る。
同じ場所にいても、わたしとあなたは異なる世界にいる。
世界は一つである。
でも、場所の違いによって、世界の数は増える。
同じ場所にいても、異なる世界が現れる。
一つの世界は同時に、たくさんの世界である。
それぞれの世界で、その人なりのバランスをとる。
世界を、そして自分自身を安定させるために。
ガザ地区で生きるあなたは、恐怖や不安とのバランスを取るために、泣きながら逃げるかもしれない。あるいは怒りの感情とのバランスを取るために武器を手にするかもしれない。
日本で平凡に暮らしているあなたは、平凡な状態が続くことを安定と感じたり、平凡さに生きている意味が感じられなくなることを、周期的に繰り返すことで、バランスを取っているかもしれない。
株価の上昇で資産が増える世界を生きるあなたは、値段を気にすることなく欲しいものを買い、幸せを感じるというバランスの取り方をする。
物価上昇で生活が苦しい世界を生きるあなたは、夕方のスーパーのタイムセールスで子どものために一品多く買えたことに安堵するというバランスの取り方をする。
自分にとっての世界で、それぞれの人が、自分なりのバランスをとる。
わたしとあなたは異なる世界にいて、異なるバランスの取り方をしている。
言われてみればその通りだし、考えてみれば当たり前のことだ。
当たり前のことだが、わたしたちがそのことを実感することはあまりない。
不思議なことのようで、そう不思議でもない。
わたしの目の前には、いつでもわたしの世界が目の前にあるからだ。
目の前にあるわたしの現実の以外の世界は、わたしには見えない。
そういうものは、想像の対象でしかない。
(「あの人の世界はどんな世界なのだろう?」)
わたしとは別のバランスの取り方も実感がわかない。
別のバランスの取り方をするためには、わたしのバランスの取り方を捨てなければならない。
それは自分ではない、別の人を生きることに等しい。
だからそれも、想像の対象となる。
(「あの人は、あの言動によって、どんなバランスをとっているのだろう?」)
異なる世界、別のバランスを想像する時間は、なかなか取れない。
わたしは、わたしの世界とバランスをとることで忙しいから。
バランスをとり、世界と自分を安定させることに必死だから。
「世界とのバランスをとる」。
それは「物事がうまくいきますように」という祈りにも似た気持ちであり、言動である。
この世界であれば満足を感じられる。
この世界であれば何とか生き延びられる。
こんな自分であれば、生きている意味が感じられる。
世界と自分を安心して受けられられる、そういうポイントを見つけようとバランスをとる。
世界と自分を安定させようと、つねにバランスを取っているわたし、わたし、わたし。
そんなわたしが、この世界で出会ってしまうのが、あなた、あなた、あなた、だ。
わたしとは異なるやり方で世界と自分を安定させようと、バランスの取っているあなた。
わたしには見えない世界を見て、わたしには実感が持てない(想像することしかできない)バランスの取り方をするあなた。
あなたには見えない世界を見て、あなたには実感が持てない(想像することしかできない)バランスの取り方をするわたし。
そういう「わたし」と「あなた」が、同じ一つの場所にいる。そして言葉を交わし、共に何かを行おうとしている。
社会やオフィスや家庭で。
だからこそ、可能な限り、わたしたちはこう尋ねあう。
「いま、あなたの世界はどんなふうなのですか?」
「あなたはどうやって、その世界とバランスをとっているのですか?」
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