「職場環境って、心理的安全性とか、オフィス内の雰囲気みたいなものも大切だって意見があったんです。」
雑談をしていた三十代前半の男性が、そんな言葉を口にした。
彼が勤めている会社では、働きやすいオフィス環境を検討する全社的なプロジェクトが動き出し、そのメンバーに選ばれたとのこと。
オフィスの場所、窓からの景色、広さ、空調、音、机や椅子など、物理的な条件がひとしきり話題になったあと、若手のメンバーから意見が出たそうだ。
「心理的安全性というか、雰囲気みたいなものも大切だと思います」と。
場所や景色、広さや空調、机、椅子など、外的・物理的な環境は、仕事へのモチベーションや効率に大きく影響する。
立派であるに越したことはない。
でも、心理的な安心感やオフィス内の雰囲気、どんな人間と空間を共にするかも仕事に大きく影響する。
不機嫌を撒き散らす人、周りを気にせず自分勝手に振る舞う人がいれば、物質的に恵まれた空間でも、そこは居心地の悪い場所になる。
多少、雑多な空間でも、気心の知れたメンバーたちとのオフィスなら、安心して長く働くことができる。
そんなことを思いながら、少し前に聞いたポッドキャスト番組のことを思い出していた。
こんな内容だ。
「他人から憎まれただけで、憎まれた人の脳が傷つくって話を聞いたことがあるのですが、そういうことってあるのですか?」
番組内では、そんな質問を専門家にしていた。
「脳が傷つく」という言葉をカッコに入れれば、「言葉に出さなくても、気持ちや雰囲気が相手に伝わって、ネガティブな影響をあたえることはあるのか」という問いに読み替えることができる。
不機嫌な雰囲気を撒き散らしている人の影響で、職場の生産性が下がるのか、という問いと同じだ。
「そういうことはあり得る」と答え、ピグマリオン効果の例を引きながら説明していた。
ピグマリオン効果というのは、教育心理学における心理的行動の一つで、「人は他人から期待されると、その期待に沿った成果や行動を示しやすくなる」というものだ。
話していたのはこんな事例だ。
フランスの大学で二つのクラスに何かの試験を行う。
その際、試験監督に、一方のクラスについては「このクラスは大学でも優秀な生徒の集まりである」と告げる。
もう一方のクラスについては「このクラスは大学でもダメな生徒の集まりである」と告げる。
(クラスの評価は事実ではない。もちろん。)
すると二つのクラスには、結果に明らかな差があったというのだ。
「優秀」と言われたクラスは良い点数、「ダメ」と言われたクラスは悪い点数という結果。
試験監督は何かを行なったわけではない。
言葉に出して何かを言ったわけでもない。
にもかかわらず、試験に影響を及ぼしていた。
おそらく試験監督は、自覚することなく、「優秀」「ダメ」という情報に影響を受けて、何かの雰囲気などを発していたのだろう。
番組ではもう一つ「瞑想実験」の話をしていた。
瞑想状態の人からアルファ波が出ていることはよく知られている。
その実験は、瞑想者を見ている人について調べたものだ。
アルファ波を出している瞑想者を見ている人。
なんと、その人からもアルファ波が出ていたそうだ。
つまり、言葉がなくても、何か雰囲気のようなものは移るのだ。
不機嫌な人が近くにいると居心地悪いし、
ご機嫌な人が近くになると気分が良くなる。
言われてみれば当たり前の実感だ。
さらに番組では、にわかに信じられないような話をしていた。
人の思いが犯罪に影響するという話だ。
2007年から2010年、アメリカで毎日、平和を願う瞑想をしてもらう実験を行なったそうだ。人数はわずか1725人。全人口の1%の平方根に当たる人数だ。
(時間や瞑想の内容など、実験の具体的な情報はなかった。)
その結果、2002年から2006年に比べて、殺人発生率が21.2%、暴力犯罪発生率が18.5%減少したそうだ。
遠く離れた人たちに、私たちの思いが影響する可能性があるかもしれない。
番組では、そう言っていた。
(正直、この話には少し心理的な距離を感じた。にわかには信じがたい、というところか。)
話を戻そう。
どうやら私たちは、環境からかなりの影響を受けているようだ。
身体的な接触や働きかけ、言葉によるコミュニケーションなどからは直接的な影響を受ける。
それは直接的なので、誰もが簡単に気づくことができる。
しかし、身近な人間の表情、態度、気分、あるいは場の雰囲気など、間接的なものからも影響を受けている。
影響を受けていることに気づかないまま、影響を受けていることすらありそうだ。
そう考えると、職場においては外的な環境だけでなく、心理的安全性や雰囲気みたいなものへの配慮も大切になる。
そういう環境の整ったところで働きたい。
「そういう整った環境」
環境とは、自分を取り巻き、自分に影響を与える状況のことだ。
自分の周りが心地よいところであってほしい。
物理的なものであれ、雰囲気のようなものであれ。
ところで、会社などはさまざまな人々が一緒に働く場所だ。
誰もが自分の周りを見渡して、それを「環境」と捉える。
そうであるならば、私にとってはあなたが環境である。
でも同時に、あなたにとっては私が環境である。
私たちは環境から影響を受ける。
言葉にされない気持ちや雰囲気などからも影響を受ける。
瞑想状態のアルファ波が人に移るのであれば、
不安や不機嫌、悪意などの負の感情も人に移るだろう。
私たちは「よい環境を求める主体」であると同時に、他者のための「よい環境そのもの」となることもできる。
職場環境には「心理的安全性や心地よい雰囲気のようなもの」も大切だ。
だとするなら、私自身が他者に心理的な安全性を感じさせる。
心地よい雰囲気を漂わせているのは悪くない。
そういう「私」がたくさん集まった職場。
それは、働きやすく、生産性が高い場所になるのだろう。
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