スマホをすごい速さでスクロールしながら、何やら説明をしている。
画面は、上にいったり、下にいったり。
何が書いてあるのか読み取れない。
速さについていこうと頑張る。
すると、言葉が耳に入ってこなくなる。
「あった、これだよ、これ。ね、これでわかったでしょ。」
いや、ぜんぜん…、わからなかったんだけど。
数年前、息子との間で起こったやり取りだ。
最新のガジェットをスピーディーに使いこなす。
とてもじゃないが、私にはできない。
時代から、少しずつ取り残されていく気がする。
素早く上下する画面の中から、一瞬で情報を見つけ出す力。
大量の情報の中から、求めているものをピンポイントで見つける力。
ある種の進化なのかもしれない、そう思った。
「ホモ・サピエンス」から「ホモ・スマホス」への進化。
適応できない人は進化から取り残され、淘汰されるのだろう。
諸行無常の響きあり…か。
「ほんとうに進化なのだろうか?」
変化が激しく、大量の情報が溢れ、スピードが求められる時代だ。
それに適応しているとは言える。でも、進化?
すでに持っている能力に、新たな能力が加わる。
それなら悪くない。
でも、新たに何かが出来るようになると同時に、それまで出来ていたことができなくなるなら。
それはたんなる変化、環境への適応ではないか。
長い文章を頭から読み続ける。
そんな持続力は残っているのだろうか。
難しい文章を考えながらゆっくりと読む。
そんな思考力は残っているのだろうか。
スマホから離れ、本を一冊だけ持って何時間も過ごす。
頭から文章を読み、思いを巡らしたり、考えたりする。
知らない言葉に出会い、新しい知識に触れる。
さまざまな言い回しを知り、自分とは異なる考え方を知る。
異なる考え方を取り入れることで、考え方が厚みを増す。
そういう力を残した上で、素早くスクロールするならよい。
たんに素早く画面を上下にスクロールさせているだけなら…。
「ホモ・サピエンス」から「スマホザル」へ…。
数年前、ビデオニュースで見たサル研究の番組を思い出す。
京都大学の松沢哲郎さんが、話をしていた。
サル(チンパンジー)の認知や記憶について。
それと比較した人間についての番組だった。
確かこんな話だったと記憶している。
チンパンジーは、目の前にあるものしか認知、記憶しない。
だから、絶望しない。
人間は、いまここにないものとの関わりで、目の前のものを認知、記憶する。
そのことで絶望もするが、希望を持つこともできる。
チンパンジーの脳は人間の脳の三分の一程度しかないそうだ。
にもかかわらず、「いまここ、目の前にあるもの」を認知し、記憶する力に優れている。
画面上に複数の数字を瞬間的に映し、それを覚える実験。
あるチンパンジーは、7つの数字を瞬時に覚えることができた。
記憶した数字の正答率も、人間より格段に優れていたそうだ。
この能力は、チンパンジーが生存のため身につけたものだろう。
つねに変化する密林という自然環境の中、急に現れる敵、遠くにチラリと見える食べ物。
そういう「目の前のもの」を瞬時に捉え、覚える。
そういう力が必要なのだ。
生存し続けるために必要な能力。
しかし、チンパンジーは長く記憶しない。
目まぐるしく変化する目の前のものを認知、正確に捉えるだけだ。
現在だけが存在し、過去はほとんどないに等しい。
過去(の記憶)との比較で、現在を理解することもない。
だから良くない出来事があっても絶望しない。
怪我か病気で、体が不自由になったチンパンジー。
たしかに少しのあいだはショックを受ける。
でも、すぐに不自由な体を自然なものとして受け入れる。
そして以前と変わらないあたりまえの感じで生活するそうだ。
三倍の脳を持つ人間は、目の前のものを瞬時に正確に認知できない。
「目の前のもの・出来事(=それ)」を通して、「ここにないもの・出来事」まで捉えようとするからだ。
「それ」は、それ以外のもの・出来事とどう関わっているのか。
「それ」は、過去にはどのようであったのか。
あるいは、未来にはどのようになるのか。
空間的な広がり、時間的なプロセスとの関わりで、「目の前のそれ」を認知し、記憶する。
だから、たくさんの「それ」を、瞬時に正確に捉えることはできない。
私の持っているものと、あなたのものはなぜ違うのかに気づく。
昨日の出来事と、今日の出来事がはなぜ違うのかが気になってしまう。
何かを失うこと、不幸な出来事に耐えられない。
実際に起こったことが忘れられない。
起こるかもしれないと思うと不安を感じる。
そんな過去と未来に挟まれた現在。
絶望的になってくる。
でも、「絶望」しているだけではない。
時間的なプロセスで「もの・出来事」を捉えることもできる。
未来に「希望」を持つこともできる。
希望に満ちた未来を思い描き、作り出すこともできる。
チンパンジーと人間には、こんな違いがある。
私たちは現在、最先端の資本主義社会に生きている。
この社会の特徴は、「目まぐるしい変化の速さ」だ。
短時間で大きな経済成長を手にすることを目指した社会。
そのために、あらゆるものがすごいスピードで変化している。
スピードに合わせ、私たちも変化・成長せざるをえない。
成長した私たちが、さらに世界の変化を加速させる。
そんな世界を「VUCA」と名付け、理解した気になる。
理解した世界は、「変わりやすく、不確実で、複雑で、あいまい」なもの。
新たな情報が次から次へと、デジタルデバイスを通して届けられる。
一つ一つをきちんと見て、確認している時間など取れない。
でも、キャッチアップしないと、世界から置いていかれる。
気がつけば、目の前の情報を瞬時に認知しようとしている。
求めているものを、求められているものを見つけるために。
手に入れたものを、すごい速さで他の人に手渡すために。
スマホをすごい速さでスクロールしながら。
生き物は環境に適応する。
そして、適応した生き物だけが生き延びていく。
目の前の大量の情報に素早く反応して、瞬時に欲しいものを見つけ出す力は持っている。
でも、他のものとの関係や、過去や未来との整合性を考える力は失っている。
そうであれば、それは「スマホザル」への変化では…。
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