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それは、カロリナナシでした

それは、カロリナナシでしたのイメージ画像 とんび

そうか、カロリナナシというのか。
やっと名前を知ることができた。
気分がスッとする。
「わかる」というのはよいことだ。

ソメイヨシノが花ひらくころ、小さな白い花を咲かせる木がある。
樹高は7メートルくらい、幹はまっすぐ伸び、しっかりした枝も空を目指す。

柔らかい春の空気が南からゆるく吹くころ、
茶色い枝に小さな白い花が一つ、二つと開きだす。
ソメイヨシノくらいの大きさの花だ。
それらが10個、20個と集まって花開く。
アジサイのように一つにまとまったものではない。
近くによれば一つひとつの花に目が行くが、
遠く離れるとたくさんの花が一つのかたまりに見える。

日課の5kmちょっとのランニング。
日の出まえの薄青い街の中を走り出す。
体が温まるころ土手に着き、ピンクの花のソメイヨシノを眺める。
土手を離れて街中に戻る。
大きなマンションに沿ったまっすぐな道。
30メートルくらいにわたって、白い花をつけた樹々が並ぶ。
なんという名前の木なのだろう?
ここ数年、花を見るたびにそう思う。

それでも、家に着く頃には木のことなど忘れている。
走っては疑問に思い、家に帰ると忘れる。
そんなことを繰り返していると、ふと思い出すことがある。
そういえば、あの木はなんという名前なのだろう?

植物図鑑で探す。(むかし子どものために買ったものだ)
それらしい樹木も花も見当たらない。
「葉っぱでわかる樹木」という本で探す。
落葉樹、鋸葉、互生…、それらしい木は出てこない。
Googleで検索する。
春、3月、4月に花をつける樹木は?
いろんな名前と写真が並ぶが、どれにも当たらない…。
そんなことを2、3年続けていた。

チャットGPTで調べてみよう、ふと、そう思った。
世の人たちは困ったときにAIに相談しているそうだし。
(生成AIはほとんど使っていない。あまり必要性を感じない)

翌朝、スマホを持ちランニング。
(いつもはランニングの時にはスマホは持たない)
何枚か写真を撮る。
花のアップ、集まった花の姿、樹木全体…。

数枚の写真と言葉で、AIとのやり取り。
ソメイヨシノの咲く頃/小さな白い花/樹高は7メートルくらい/街路樹として植えられている…、などなど。

いくつか候補が挙げられる。
特徴を再確認する言葉が並ぶ。
判断のポイントが明確に示される。
迷いのないクリアカットな言葉が続く。
相手が人間だったらこうはいかない。
「うーん」とか「えーと」とか、考えながら答えるだろう。

「カロリナナシ」でほぼ確定ですね。

最終的な回答が出てくる。
「ほぼ」と言っているが、その口ぶりには迷いが感じられない。
答えに続き、判断の理由も5点ほど並べてある。

そうか、「カロリナナシ」というのか。

長年の疑問が解け、スッとする。何かがわかった感じがする。
カロリナナシの横を走りながら、ちょっとした親近感。
うん、君のことはもうわかったよ、そんな感じだ。

日ごとに花が増え、満開に近づく。
白い花に混じって緑の葉も出てくる。
美しい春の景色だ。
でも、さらっと眺めるように通り過ぎている。
わかってしまったことで、表面的な付き合いになる。

名前を知ると何かがわかった気になる。
だけど、それでわかったのは名前だけだ。
そこで安心せずに、さらに知ろうとすることが大切だ。
研修などで口にしている、自分の言葉を思い出す。

そうだよな、カロリナナシというのは単なる名前だ。
そこはゴールじゃない。
名前を知るのはスタートに過ぎない。
そう思い、Googleで検索、「カロリナナシ」と入力した。
画面が切り替わり、次のような言葉が出てきた。

「ロクデナシ」も含めた検索結果を表示しています。
そして、ロクデナシに関する情報が並ぶ。

「カロリナナシ」のみで検索する、をクリックする。
一致する情報が見つかりませんでした。

どうやら「カロリナナシ」という樹木は存在しないようだ。
これが噂に聞く、ハルシネーションというやつか。
「ロクデナシ」というのが、私のことにように感じられる。

毎朝のランニングは続く。
AIがカロリナナシと名付けた木の横を走る。
いつの間にか白い花は散ってしまった。
あとには、やわらかい新緑の並木。
結局、「名前」はわからずじまいだった。

立ち止まって、しばらく木を、枝を、新緑の葉を眺める。
この木についてよく知らないことを、あらためて実感する。
名前がわかったとしても、名前しかわかったことにならない。
にもかかわらず、わかった気になってしまう。
そして、わかろうという気持ちが弱くなる。

カロリナナシでいいじゃないか、と思う。
とりあえずこの木は、カロリナナシということにしよう。
そしてAIやらGoogleやらで、「名前」を調べるのはやめよう。

それよりも、実際の樹木をもっと見るようにしよう。
風に揺れる葉の音を聴き、花の匂いをかぎ、幹や枝に触れてみよう。
きっと新しい何かを知ることになるだろう。
知ると同時に、新たな疑問が生まれるだろう。
その疑問をもとに、新たに何かを知ることになり、また疑問が…。

そういうやり取りを、目の前の木と繰り返してみよう。
木を見るのは一瞬で、そのあとの多くの時間をスマホ画面を眺める。
それで木についてわかった気になる。
よく考えれば、おかしな話だ。
そこには、「センス・オブ・ワンダー」はない。

チャットGPTよ、君は春に白く綺麗な花を咲かせる木を「カロリナナシ」と呼んだ。
どうやらそれは、間違いのようだ。
でも、結果的にそれで良かった。
本当の名前でなかったからこそ、もっと知ろうという気持ちになれた。

「わからない」って、ちょっとモヤモヤするが、いいものだ。
いいものを、AIやGoogleにかんたんに渡すのはもったいない。
いいものを大事に抱えながら、今朝もカロリナナシの横を走る。

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